神戸日豪協会人間のふれあいを求めて

神戸日豪協会名誉会長  古澤 峰子

人間大好き
 もともと人間大好きの私が、こうして94年間も生きておりますと、人間誰に対しても自分に対してさえも、いとおしさがつのって参ります。でも、もし私がオーストラリアを知らなかったら、お互い人間同士、日本人同士はもちろん世界中の人、誰とでもお互い助け合って、心を触れ合わせていきたいという願いを、これほど強く持つことにはならなかったでしょう。オーストラリアにめぐり会わせてくださった神様に感謝せずにはいられません。
 そのオーストラリアに参りましたのは1965年(昭和40年)、私が55歳の時。この年で、ということにも深い神意(神のおぼしめし)を感じます。つまり、オーストラリアとの出会いがもっと若い時でしたら、オーストラリアの人たちの人柄に対しても「人間かくありたい」とか、「日本人が世界の日本人になるためにはオーストラリアの人たちを具体的なお手本として学びたい」とまでは思わなかったように思います。

オーストラリアに圧倒される
  昭和40年4月、当時勤めていた西宮の学校を退職し、8月オーストラリアに参りました。ブリスベンのクインズランド大学で開かれた大学婦人協会世界大会に出席するためでした。私には南半球のオーストラリアの人たちが、いったいどんな生き方をしているのだろうかということの方が、会議そのものよりも興味がありました。
 8月のオーストラリアは冬ですが、ブリスベンでは日中は太陽がさんさんと輝いていて、空は抜けるように青く、庭の芝生は緑。そこへ深紅のポインセチアがとてもきれいでした。小鳥たちは人間のすぐそばで楽しそうでした。その自然の美しさにも増して、私はオーストラリアの人たちの人柄のすばらしさに圧倒される思いでした。ここには精神的にも肉体的にも病気がないのでは・・・と思ったほどです。その後、病院を見、犯罪を聞いて、「あぁ、やっぱり同じ人間なのだわ」と思いました。
 とにもかくにも、あの明るい表情。お互いに目があえば、にっこりと「ハロー」。温かい人間にふわっと包み込まれたような思いでした。この地球上に、こんなに素敵な世界があったのかと驚きました。
 会議の会場となったクインズランド大学にその翌年(昭和41年)から日本語学部が創設されるというので、さっそくお手伝いさせていただくことにいたしました。



おもいやり
 タテの秩序の社会の中で育った私は、オーストラリアの人たちのヨコの人間関係を本当に素敵なことだと思いました。男女を問わず、社会的地位の差、年齢の差、知っている人、知らない人の差に関係なく人間みな同じ、お互い尊重しあい、いたわり、助け合っている姿、夫婦、親子、兄弟姉妹の場合も、甘えのない一個の人格を持った人間同士の関係でした。一人一人の中身が非常に濃く豊かですし、他への配慮、つまり思いやりの気持ちが身についているのです。

神戸日豪協会発足
 日本人は、人間の素質としてはすばらしいと思います。頭もいい、技術も優れている。長い歴史の中で築きあげてきた文化遺産も素敵です。東洋思想も立派です。ところが現実には世界中どこへ行っても歓迎されない。長い鎖国時代、またタテ社会の中で、しかも小さな島国の中で育てられた排他的・閉鎖的な国民性だと思うのです。そこで私はオーストラリアの人たちのあの人間性を日本人が身に付けるならば、それはもう鬼に金棒だと思いました。
 昭和44年3 月、どうしても交流の場としての日豪協会を作りたいという願いを持って帰ってまいりました。元兵庫県知事、当時の県立美術館長・阪本勝氏が会長になってやろうとおっしゃってくださって『神戸日豪協会』は昭和47年に発足いたしました。阪本さんが初代会長になってくださったことで幸せでした。
 もちろんオーストラリアの人たちの人柄に対する絶対の信頼、日本の次の世代が世界の日本に育ってほしいという強い願望、もう一つ、人間にとって大切なものは心であって物ではない、目先の計算からは何も生まれないということを若い人たちに分かってほしいという祈りにも似た思い。この三つを私どもの活動の柱としております。

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